今回は運営者(佐藤秀信)が妻とともに歩いた、上州(群馬)の城と名湯の記録です。榛名山の霊気ただよう榛名神社にはじまり、榛名湖のほとりで乗馬を楽しみ、真田信之の居城沼田城へ。夜は老神温泉の龍洞に泊まって十八の湯をめぐり、翌日は前橋城跡へ。その帰り道には武蔵(埼玉)へ足をのばし、川越城・喜多院へ。上州の戦国の城から、武蔵の徳川ゆかりの城と寺までをたどった二日間の記録です。
1日目
榛名神社 ― 榛名山の霊気ただよう古社
まずは上野国の古社榛名神社へ。榛名山の中腹、奇岩と杉木立に抱かれた深い谷あいに鎮座し、火の神・水の神を祀る、古くからの修験の霊場です。社号標をくぐって参道に入ると、空気がひやりと澄んで、身の引きしまる思いがしました。谷川の音を聞きながら奥へ進むほどに岩壁がせり出してきて、社殿がその岩と一体になっている――近年パワースポットとして人気を集めるのも、実際に立ってみるとよくわかります。
榛名湖で乗馬 ― カルデラ湖のほとりでひと息
参拝のあとは、榛名山の火口原に広がる榛名湖へ。湖畔では乗馬を体験できると聞いて、思いきって馬に乗ってみました。想像していたよりずっと目線が高く、蹄の音に揺られながら眺める晩秋の榛名は格別です。城跡や社殿を歩きどおしの旅に、こういう「体を動かす寄り道」がひとつ入るだけで、一日の記憶がぐっと濃くなる気がしました。
沼田城 ― 関東で江戸城と並んだ、五層天守の城
午後は利根川と薄根川に挟まれた河岸段丘の上、沼田城へ。真田信之の居城として知られる、真田氏ゆかりの名城です。現地の説明板によれば、信之が慶長年間(1596〜1614)に建てたと伝わる天守は九間×十間(推定十八メートル四方)の五層におよび、関東で五層の天守をもったのは江戸城のほかは沼田城だけだったといいます。天守付近からは金箔瓦も見つかっており、関東において特別な城だったことがうかがえます。
しかし天和元年(1681)、五代・真田伊賀守(信利)が改易となると、城は幕府によってことごとく破却され、以後、天守も櫓も二度と再建されることはありませんでした。いまは公園となった本丸跡に、真田信之と正室・小松姫の像が静かに立っています。







老神温泉「龍洞」 ― 十八の「龍」をめぐる湯
この日の宿は、老神温泉の龍洞。十八もの露天風呂がすべて貸切という、湯めぐりが名物の宿です。岩龍・木龍・和龍・星龍・音龍・香龍・川龍・大龍……と、すべての湯に「龍」の字がついた名前がつけられていて、入口の木札を持って行けば「使用中」の合図になる仕組み。十八すべてをめぐると記念品がいただけると聞いて、つい張りきってしまいました。
あいにく翌朝は雨模様でしたが、しっとり濡れた木造の湯屋も、湯気の立つ龍の湯口も、かえって風情がありました。夕食も朝食もたいへん美味しく、体の芯まであたたまった一夜でした。







2日目
前橋城 ― 利根川に翻弄された関東の名城
二日目は、群馬県庁のほど近くに残る前橋城跡へ。もとは厩橋城といい、関東七名城のひとつに数えられた城でしたが、この城の歴史はそのまま利根川との戦いの歴史でもありました。たび重なる洪水と浸食で本丸まで削られ、ついに藩主・松平氏は城を捨てて川越へ移り、前橋城は廃城同然となってしまいます。幕末になってようやく再築が叶い、明治以降はその地に県庁が置かれました。
いまは土塁の一角に「前橋城跡の碑」が立つのみで、天守も櫓もありません。それでも、松の木立に囲まれた土塁の高まりに立つと、かつてここが関東の要だったことが静かに伝わってきます。
川越城 ― 本丸御殿が現存する、小江戸の城
前橋をあとにして、関越道を南へ。旅の締めくくりに、埼玉の川越城へ立ち寄りました。長禄元年(1457)に太田道真・道灌父子が築いた城で、戦国期には北条氏康が上杉・古河公方の連合軍を夜襲で破った「河越夜戦」の舞台としても知られます。江戸時代には江戸の北を守る要衝として、松平信綱ら幕府の重臣が城主を務めました。
なんといっても見どころは、全国でも数えるほどしか残っていない本丸御殿。堂々たる玄関の唐破風を目の前にすると、これが「御殿」という建物なのか、と思わず立ちどまります。城内には県指定史跡の石碑や本丸門跡の石標、往時の縄張りを描いた城図の説明板も残っていて、土塁と御殿の屋根が重なる眺めに、小江戸の城の面影がしっかり残っていました。
喜多院(川越大師) ― 徳川ゆかりの名刹で締めくくる
締めくくりは、川越大師喜多院。天長七年(830)に慈覚大師円仁が開いたと伝わる天台宗の古刹で、のちに天海(慈眼大師)が徳川家康の信任を得て再興し、徳川家とのゆかりが深い寺となりました。
寛永十五年(1638)の川越大火で伽藍を失った際には、三代将軍徳川家光の命で江戸城紅葉山の別殿が移築され、それが今日「家光誕生の間」「春日局化粧の間」として伝わっています。江戸城の御殿建築がこの川越に残っている――そう思うと、門前に立つだけで胸が高鳴りました。表情ゆたかな五百羅漢でも知られる名刹で、上州から武蔵へと続いた城めぐりの最後に、静かに手を合わせました。
実際に歩いて感じたこと
いちばん心に残ったのは、やはり沼田城でした。関東で江戸城と並ぶ五層の天守がそびえていた――そう聞いてから城跡に立つと、目の前の何もない広場が急に惜しくなります。しかも破却されたのは戦火によってではなく、五代当主の改易という「政治」によってでした。栄華も非情も、この段丘の上でひと続きだったのだと、平八石の由来を読みながら思いました。そして土の中から出た三巴紋の瓦が、遠く信州の上田城とつながっている。石碑と説明板しか残っていなくても、読めば読むほど城は立ち上がってきます。
前橋城が教えてくれたのは、城の敵は人だけではないということ。利根川に削られ、捨てられ、それでも幕末にもう一度築き直された城の履歴は、名城の栄枯というより、土地と人の粘り強さの記録に見えました。
そこへいくと川越は対照的で、本丸御殿がそのまま残り、喜多院には江戸城の建物まで移されている。失われた上州の城と、残った武蔵の城。上州から武蔵へと続けて歩いてみると、その対比がいっそう際立って感じられました。歴史も、温泉も、乗馬というちょっとした冒険も詰めこんだ、忘れがたい旅になりました。
この旅の道のり
- 1日目榛名神社榛名山の霊気ただよう古社車で約15分
- 榛名湖で乗馬カルデラ湖のほとりでひと息車で約1時間
- 沼田城関東で江戸城と並んだ、五層天守の城車で約30分
- 老神温泉「龍洞」十八の「龍」をめぐる湯一泊
- 2日目前橋城利根川に翻弄された関東の名城車で約2時間
- 川越城本丸御殿が現存する、小江戸の城徒歩約10分
- 喜多院(川越大師)徳川ゆかりの名刹で締めくくる
※移動時間は一般的な所要時間の目安です。撮影時刻の記録が残っていないため、時刻は省いています。
この記事で歩いた地域を、都内発の日帰り・1泊で回るコースにまとめています。











