【実録】国宝三城と関ケ原 ― 犬山・岐阜・大垣の城から天下分け目の古戦場、飛騨高山と松本城へ|都内発 車1泊2日

これは、実際に歩いた記録です。青空に恵まれた1泊2日、都内から車で美濃・飛騨・信州へ。国宝・犬山城にはじまり、斎藤道三と織田信長の岐阜城、戸田氏の大垣城、そして天下分け目の関ケ原古戦場。夜は下呂温泉に泊まり、翌日は飛騨高山の町並みから国宝・松本城まで。城好きにはたまらない、名城と合戦の舞台をめぐる旅です。

目次

この旅のルートと日程

交通:都内発・車/宿:下呂温泉

1日目:犬山城 → 岐阜城 → 大垣城 → 関ケ原古戦場 → 下呂温泉泊
2日目:飛騨高山(古い町並み) → 松本城 → 帰宅

【1日目】国宝犬山城から、信長の岐阜、そして関ケ原へ

犬山城

まずは木曽川のほとりにそびえる国宝・犬山城へ。天文6年(1537)に織田信康が築いたと伝わり、現存最古級ともいわれる天守が今も残ります。川を背にした「後堅固(うしろけんご)」の縄張りで、江戸期には尾張徳川家の付家老・成瀬氏の居城となりました。丘の上の白い天守は、遠くから見ても凛としています。

岐阜城(稲葉山城)

金華山の頂にそびえる岐阜城へ。もとは斎藤道三の稲葉山城で、これを攻略した織田信長が地名を「岐阜」と改め、「天下布武」を掲げた天下取りの拠点とした城です。ロープウェイで山上へ登ると、復元天守と、濃尾平野・長良川を一望する大パノラマが広がります。信長がこの眺めを見て天下を思い描いたのか——と想像が膨らみました。

大垣城

続いて大垣城へ。戸田氏十万石の居城で、関ケ原の戦いでは石田三成ら西軍の後方拠点となった城です。白亜の天守の前には、藩の名君として知られる戸田氏鉄(うじかね)公の凛々しい騎馬像が立ちます。翌々日にたどる関ケ原の”前夜”を、ここで感じておきます。

関ケ原古戦場

そして天下分け目の関ケ原へ。慶長5年(1600)、徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が激突し、その後の江戸幕府へと歴史が動いた決戦の地です。せっかくなので甲冑試着に挑戦——鹿角の兜に身を包み、合戦図屏風を背に、再現された馬防柵と石田三成「大一大万大吉」の旗が並ぶ陣を歩けば、往時の緊張感が一気に迫ってきます。武将たちの甲冑がずらりと並ぶ展示も圧巻でした。

▼ 宿泊:下呂温泉
1日目の夜は、日本三名泉のひとつ下呂温泉へ。とろりとした湯ざわりの名湯で、城巡りと甲冑体験で歩き回った体をゆっくりほぐしました。

【2日目】飛騨高山の町並みから、国宝松本城へ

飛騨高山(古い町並み)

2日目は飛騨高山へ。江戸時代に幕府の直轄地(天領)として栄えた城下町で、格子造りの商家が続く古い町並みと、宮川に架かる朱塗りの中橋が旅情を誘います。清らかな川の流れを眺めながら、山あいの町をのんびり散策しました。

中橋のたもとから望む宮川の清流(飛騨高山)
中橋のたもとから望む宮川の清流(飛騨高山)
飛騨高山の古い町並み
飛騨高山の古い町並み

松本城

旅の締めくくりは、国宝・松本城。もとは戦国期の深志城で、石川数正・康長父子が現在の姿に整えたと伝わります。黒漆に塗られた五重六階の天守は「烏城(からすじょう)」とも呼ばれ、水堀に映る漆黒の姿と、朱塗りの埋橋(うづみばし)のコントラストが息をのむ美しさ。犬山・松本と、この旅で二つの国宝天守に出会えました。

実際に歩いて感じたこと

国宝天守を二つ(犬山・松本)、信長ゆかりの岐阜城、そして天下分け目の関ケ原まで——名城と合戦の舞台を一度に巡れる、贅沢な1泊2日でした。ポイントを残しておきます。

・移動は車が快適。犬山・岐阜・大垣・関ケ原・高山・松本と広範囲に散らばるので、車だからこそ1泊2日で回りきれました。
・岐阜城はロープウェイで。山頂までは徒歩登山道もありますが、時間と体力を考えるとロープウェイが安心。山上からの眺めは必見です。
・関ケ原は”体験”が面白い。甲冑を着て古戦場を歩くと、教科書の合戦が一気に自分ごとになります。
・宿は下呂温泉がおすすめ。名泉で疲れを癒せば、2日目の高山・松本も元気に回れます。

この旅の道のり

  1. 1日目犬山城車で約40分
  2. 岐阜城稲葉山城車で約40分
  3. 大垣城車で約30分
  4. 関ケ原古戦場一泊
  5. 2日目飛騨高山古い町並み車で約2時間半
  6. 松本城

※移動時間は一般的な所要時間の目安です。撮影時刻の記録が残っていないため、時刻は省いています。

文・写真:佐藤秀信(すべて現地で撮影)

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