新幹線に乗って、京都と奈良を一泊二日でめぐってきました。運営者(佐藤秀信)が妻と歩いた、日本史をまるごと味わう欲張りな旅の記録です。この前編は一日目の京都。室町の栄華を伝える金閣・銀閣から、東山の清水寺、そして日が暮れてからは本能寺・坂本龍馬・新選組と、戦国から幕末までの舞台を一日で駆けめぐりました。二日間とは思えないほど凝縮した旅の、まずは京都編です。
1日目・京都
在原業平邸址 ― 平安の雅からはじまる朝
朝の街歩きで、ふと在原業平邸址の石標に出会いました。業平は平安初期の歌人で、六歌仙の一人。『伊勢物語』の主人公のモデルともいわれる、雅な貴公子です。まずは平安の面影から一日が始まるのが、いかにも京都らしいと感じました。
二条城 ― 徳川の京都、大政奉還の舞台
続いて二条城へ。徳川家康が築き、三代家光が壮大に改修した、徳川将軍家の京都の拠点です。そして慶応3年(1867)、十五代将軍徳川慶喜が二の丸御殿で大政奉還を表明し、260年続いた江戸幕府がここで幕を下ろしました。東南隅櫓や東大手門、幅広い内堀と石垣に、天下人の城の風格が漂います。
金閣寺 ― 足利義満の北山文化
金閣寺(鹿苑寺)は、室町三代将軍足利義満が営んだ北山山荘に始まります。金箔に輝く舎利殿=金閣が池の水面に映る姿は、まさに北山文化の華やかさそのもの。冬晴れの空に、金がまばゆく光っていました。
銀閣寺 ― 足利義政の東山文化、侘びの美
金閣とは対照的に、静かな趣をたたえるのが銀閣寺(慈照寺)。八代将軍足利義政の東山山荘で、観音殿=銀閣に代表される東山文化は、簡素で深い「侘び」の美を育みました。白砂を波形に整えた銀沙灘(ぎんしゃだん)と、富士山のような砂盛りの向月台(こうげつだい)が、月の光を映すために設けられたと聞くと、その美意識の繊細さに唸らされます。金閣の華やぎと銀閣の静けさ、両方を同じ日に見比べられるのは京都ならではの贅沢でした。
八坂神社と東山の坂 ― 祇園から清水へ
祇園の八坂神社にお参りし、そこから二年坂・三年坂(産寧坂)の石畳を上って清水寺を目指します。途中、町家の甍の向こうに八坂の塔(法観寺の五重塔)がそびえ、いかにも京都らしい風景に何度も足が止まりました。坂の両側には土産物屋や甘味処が軒を連ね、歩くだけで心が浮き立ちます。
清水寺 ― 舞台から望む京の街
坂を上りきると、朱塗りの仁王門と三重塔が迎えてくれる清水寺。奈良時代の創建と伝わる観音信仰の古刹で、断崖に釘を使わず組み上げた「清水の舞台」は圧巻です。舞台の上からは、京の街が一望に見晴らせました。
木屋町の遭難碑 ― 佐久間象山と大村益次郎
日が傾いてからは、幕末の京都へ。高瀬川の流れる木屋町には、幕末維新の志士たちが斃れた場所を示す碑が点々と残っています。ここにあるのが、佐久間象山と大村益次郎の遭難之碑。象山は勝海舟や吉田松陰、坂本龍馬らを育てた開国派の思想家で、元治元年(1864)に攘夷派に斬られました。大村益次郎は近代日本の兵制を築いた「兵学の父」で、明治2年(1869)にこの近くで襲撃されます。二人の非業の死が、同じ木屋町で重なっているのです。
池田屋跡 ― 新選組の夜、そして夕食
三条小橋のたもと、池田屋跡へ。元治元年(1864)、新選組が尊皇攘夷派の志士を襲撃した池田屋事件の舞台です。今その跡地は居酒屋になっていて、なんとここで夕食をとりました。近藤勇・沖田総司・土方歳三の顔ハメ看板に迎えられながら、幕末の事件現場でご飯を食べる――これぞ実録の醍醐味です。
近江屋跡 ― 坂本龍馬、最期の地
河原町の近江屋跡には、坂本龍馬・中岡慎太郎 遭難之地の碑が立っています。慶応3年(1867)11月、大政奉還のわずか一ヶ月後に、龍馬と中岡はこの地で何者かに襲われ、命を落としました。新しい時代の入口で倒れた二人を思うと、夜の街角の碑がいっそう胸に迫ります。
本能寺 ― 信長、終焉の地で一日を閉じる
京都一日目の締めくくりは本能寺。言わずと知れた、天正10年(1582)の本能寺の変で織田信長が最期を遂げた寺です。境内には「贈正一位織田信長公御廟所」の石標が立ち、天下統一の道半ばで斃れた信長がここに眠ります。室町の金閣・銀閣に始まり、戦国の信長、幕末の龍馬・新選組へ――一日で時代を大きく駆け抜けた、濃密な京都でした。
一日目の京都だけでも、室町・戦国・幕末を歩き通す濃さでした。二日目はいよいよ古都・奈良へ。天平の大仏と、帰りに寄った新選組の八木邸を、後編でご覧ください。
この旅の道のり
- 1日目・京都
- 在原業平邸址平安の雅からはじまる朝市内を移動
- 二条城徳川の京都、大政奉還の舞台市内を移動
- 金閣寺足利義満の北山文化市内を移動
- 銀閣寺足利義政の東山文化、侘びの美市内を移動
- 八坂神社と東山の坂祇園から清水へ徒歩約20分
- 清水寺舞台から望む京の街市内を移動
- 木屋町の遭難碑佐久間象山と大村益次郎徒歩すぐ
- 池田屋跡新選組の夜、そして夕食徒歩約10分
- 近江屋跡坂本龍馬、最期の地徒歩約10分
- 本能寺信長、終焉の地で一日を閉じる
※移動時間は一般的な所要時間の目安です。撮影時刻の記録が残っていないため、時刻は省いています。
運営者が自分の足で歩き、現地で撮影した記録を集めたシリーズです。ほかの地域の記録もあわせてどうぞ。



















