【実録】家康の岡崎と長篠の戦い ― 田原城・西尾城から長篠城・設楽原・野田城へ|都内発 車1泊2日 三河の史跡めぐり

訪問:2025年12月

目次

この旅の行程

※この時刻は標準的な滞在時間から組んだモデル的な目安で、当日の実際の記録ではありません。移動時間も一般的な所要時間です。
時刻 スポット・行程 見どころ・メモ
09:30 田原城  
移動:車で約1時間  
11:30 西尾城 抹茶の里
移動:車で約40分  
13:10 岡崎城 徳川家康 生誕の城
宿泊:一泊  
09:00 長篠城址  
★駐車場もトイレもあります。
移動:車で約10分  
10:10 設楽原古戦場 馬防柵と鉄砲隊
★古戦場の馬防柵のあたりには、駐車場もトイレもありません。すぐ近くの設楽原歴史資料館にあるので、そちらを使ってください。
移動:車で約20分  
11:00 野田城跡野田城跡 信玄狙撃の伝説
★近くに専用の駐車場がありますが、トイレはありません。手前で済ませておいてください。
移動:車で約40分  
12:40 二川伏見稲荷 豊橋・千本鳥居

これは、実際に歩いた記録です。冬のある日、東京から車で三河へ。徳川家康が生まれた岡崎、渡辺崋山ゆかりの田原、抹茶の里・西尾、そして武田と織田・徳川が激突した奥三河の長篠・設楽原まで、車だからこそ回れる欲張りな1泊2日。史跡を柱に、寺社・資料館・郷土のグルメ、そして川沿いの名湯までたっぷり味わってきました。

この旅のきっかけ

車で行ける範囲の史跡は、気づけばだいぶ回ってしまっていました。まだ行っていないところはどこだろう、と考えて行きついたのが、長篠の戦いの舞台・奥三河です。そこに家康の岡崎と、三河の城をいくつか組み合わせました。

旅を組むときは、夫婦それぞれの楽しみを用意するようにしています。私は城と古戦場、妻は温泉と旅館とおいしいごはん。この旅では、妻の楽しみは湯谷温泉の宿になりました。

この旅のルートと日程

出発:都内発/交通:車/時期:冬/宿:湯谷温泉 はづ別館(奥三河・新城市)

1日目:田原城 → 西尾城(抹茶)→ 岡崎城 → 湯谷温泉 はづ別館 泊
2日目:長篠城址 → 設楽原古戦場 → 野田城跡 → 二川伏見稲荷(豊橋)

【1日目】田原城から西尾城、そして家康の岡崎城へ

田原城

渥美半島の田原城は、戸田氏・三宅氏の居城で、幕末の家老にして蘭学者・渡辺崋山ゆかりの城としても知られます。水堀と桜門、復元された二の丸櫓、城内の巴江神社と、こぢんまりながら見どころが凝縮。朝いちばん、しっとりした空気の中を歩きました。

この日はあいにくの雨で、城にはほとんど人がいませんでした。資料館もほぼ貸し切り状態で、ゆっくり見学できたのはかえって良かったかもしれません。

西尾城(抹茶の里)

「西三河の小京都」西尾は、六万石の城下町にして抹茶の名産地。西尾城は本丸丑寅櫓や姫丸門跡が復元され、二の丸には天守台が残ります。城に隣接する旧近衛邸の茶室で一服—挽きたての抹茶と和菓子で、旅の途中にほっと一息つきました。

西尾城も人は少なめでしたが、田原よりは少しにぎわっていました。旧近衛邸の茶室は趣があって落ち着いた雰囲気で、妻と二人で甘味と抹茶を楽しみました。座敷から城を眺められるのも良かったです。正直に言うと、この旅でいちばん思いがけず良かったのが西尾城でした。敷地の整備が行き届いていて、城の雰囲気が私にはとても合っていました。

昼食:この日の昼はランチをはさんで、いよいよ岡崎へ。

岡崎城(徳川家康 生誕の城)

徳川家康が生まれた岡崎城。復元天守がそびえる岡崎公園には、家康の産湯に使ったと伝わる井戸、本多平八郎忠勝をはじめとする武将の像が点在します。三河武士のやかた家康館では、家康が着けたと伝わる金陀美具足(金の甲冑)の復元も必見。「出陣じゃぁ!」の顔出しパネルでつい童心に返りました。

天守には妻と二人で登りました。家康館の「出陣じゃぁ!」の顔出しパネルにも、二人そろって顔を出しています。

▼ 宿泊:湯谷温泉 はづ別館
この日は奥三河・湯谷温泉のはづ別館へ。宇連川の渓流に面した趣ある宿で、川沿いの温泉ロケーションが最高でした。夕食の会席、翌朝の膳まで、静かな川音とともにゆっくり。料理の中身はもう細かく覚えていないのですが、どれもおいしかったことはよく覚えています。何よりお部屋にお風呂が付いていたので、とてものんびりできました。

【2日目】長篠城・設楽原古戦場、そして野田城へ

長篠城址

2日目は、天正3年(1575)の長篠の戦いの舞台へ。まずは長篠城址。武田の大軍に囲まれながら、援軍を求めて奔走し磔となった鳥居強右衛門の逸話で名高い城です。本丸を守る深い空堀と土塁が、籠城戦の緊張を今に伝えます。朝の澄んだ空気の中、じっくり歩きました。

鳥居強右衛門の話は前から知っていましたが、実際に城跡に立つと、あらためて勇気のある人だったのだと感じました。

設楽原古戦場(馬防柵と鉄砲隊)

長篠城から少し北、設楽原が長篠の戦いの決戦地。織田・徳川連合軍が築いた馬防柵が復元され、横並びに連なる柵の列は圧巻—ここで武田の騎馬隊が鉄砲の斉射に阻まれたのだと実感できます。土屋昌次ら武田方武将の討死の碑も点在。設楽原歴史資料館では火縄銃をじっくり見学し、当時の戦を予習できました。

再現された馬防柵の前に立つと、戦いの様子がはっきりとイメージできました。あたりには「誰々の陣」という看板が立ち、武田方の土屋昌続(昌次)がこの柵に取りついたところを討たれた、という看板もありました。設楽原歴史資料館にも寄って、合戦の流れを確かめました。

野田城跡(信玄狙撃の伝説)

野田城は、武田信玄が最後に攻めた城と伝わります。城方の笛の音に聞き入った信玄が狙撃されたという伝説が残り、「信玄狙撃場所」の案内板も。土塁と堀が残る静かな城跡で、戦国の終わりの気配を感じました。

ただ、実際に行ってみると、城の遺構はあまり残っていませんでした。信玄が鉄砲で撃たれたという伝説も、現地ではそれほど前面に出していない印象です。妻はここでは車で待っていました。城好きでなければ、時間に余裕がないときは省いてもよいかもしれません。

二川伏見稲荷(豊橋・千本鳥居)

旅の締めくくりは、豊橋市の二川伏見稲荷へ。朱塗りの鳥居がびっしりと連なる千本鳥居の参道は、まるで伏見のよう。斜面を上っていく鳥居のトンネルが美しく、思わず何枚も写真を撮りました。

城の用語 ― 天守台・櫓門・虎口・曲輪

城跡を歩くと、案内板に見慣れない言葉が並びます。意味が分かると、目の前の石垣や土の起伏が「何のためのものか」に変わります。よく出てくるものを一枚にまとめました。

城の各部の名前(天守・天守台・櫓・櫓門・土塁・堀・虎口・曲輪)の図解
城の各部の名前(当サイト作成)

とくに覚えておくと効くのが虎口(こぐち)と曲輪(くるわ)です。虎口は城の出入り口で、まっすぐ入れないように折れ曲がっていたり、門が二重になっていたりします。曲輪は城のなかの区画で、本丸・二の丸・三の丸はどれも曲輪の名前です。天守がなくても、虎口と曲輪の形は土の上に残ります。建物が何もない城跡がおもしろいのは、そのためです。

実際に歩いて分かったこと・ひとことメモ

朝から晩までめいっぱい回って、正直かなり歩きましたが、そのぶん満足感でいっぱいの二日間でした。ポイントを残しておきます。

・移動は車が正解。田原・西尾・岡崎と奥三河の長篠・設楽原・野田城は距離があり、公共交通だと大変。車なら効率よく回れます。
・宿は湯谷温泉のはづ別館がおすすめ。宇連川の渓流沿いで趣・雰囲気ともに素晴らしく、川沿いの温泉ロケーションが最高でした。
・資料館で予習を。設楽原歴史資料館をはじめ、各資料館をじっくり見ると史跡の見え方が変わります。火縄銃の実物も見応えあり。
・設楽原の馬防柵は必見。横並びに連なる柵の列は写真以上の迫力。長篠の戦いの勝敗が決した理由が体感できます。

この旅の道のり

  1. 09:30田原城車で約1時間
  2. 11:30西尾城抹茶の里車で約40分
  3. 13:10岡崎城徳川家康 生誕の城一泊
  4. 09:00長篠城址車で約10分
  5. 10:10設楽原古戦場馬防柵と鉄砲隊車で約20分
  6. 11:00野田城跡信玄狙撃の伝説車で約40分
  7. 12:40二川伏見稲荷豊橋・千本鳥居

※この時刻は標準的な滞在時間から組んだモデル的な目安で、当日の実際の記録ではありません。移動時間も一般的な所要時間です。

文・写真:佐藤秀信(すべて現地で撮影)

▶ 岡崎城の入館料・家康館との共通券は岡崎城の入館料・開館時間・行き方にまとめています。

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