これは、実際に歩いた記録です。冬のある日、東京から車で三河へ。徳川家康が生まれた岡崎、渡辺崋山ゆかりの田原、抹茶の里・西尾、そして武田と織田・徳川が激突した奥三河の長篠・設楽原まで、車だからこそ回れる欲張りな1泊2日。史跡を柱に、寺社・資料館・郷土のグルメ、そして川沿いの名湯までたっぷり味わってきました。
この旅のルートと日程
出発:都内発/交通:車/時期:冬/宿:湯谷温泉 はづ別館(奥三河・新城市)
1日目:田原城 → 西尾城(抹茶)→ 岡崎城 → 湯谷温泉 はづ別館 泊
2日目:長篠城址 → 設楽原古戦場 → 野田城跡 → 二川伏見稲荷(豊橋)
【1日目】田原城から西尾城、そして家康の岡崎城へ
田原城
渥美半島の田原城は、戸田氏・三宅氏の居城で、幕末の家老にして蘭学者・渡辺崋山ゆかりの城としても知られます。水堀と桜門、復元された二の丸櫓、城内の巴江神社と、こぢんまりながら見どころが凝縮。朝いちばん、しっとりした空気の中を歩きました。
西尾城(抹茶の里)
「西三河の小京都」西尾は、六万石の城下町にして抹茶の名産地。西尾城は本丸丑寅櫓や姫丸門跡が復元され、二の丸には天守台が残ります。城に隣接する旧近衛邸の茶室で一服——挽きたての抹茶と和菓子で、旅の途中にほっと一息つきました。
昼食:この日の昼はランチをはさんで、いよいよ岡崎へ。
岡崎城(徳川家康 生誕の城)
徳川家康が生まれた岡崎城。復元天守がそびえる岡崎公園には、家康の産湯に使ったと伝わる井戸、本多平八郎忠勝をはじめとする武将の像が点在します。三河武士のやかた家康館では、家康が着けたと伝わる金陀美具足(金の甲冑)の復元も必見。「出陣じゃぁ!」の顔出しパネルでつい童心に返りました。








この日は奥三河・湯谷温泉のはづ別館へ。宇連川の渓流に面した趣ある宿で、川沿いの温泉ロケーションが最高でした。夕食の会席、翌朝の膳まで、静かな川音とともにゆっくり。
【2日目】長篠城・設楽原古戦場、そして野田城へ
長篠城址
2日目は、天正3年(1575)の長篠の戦いの舞台へ。まずは長篠城址。武田の大軍に囲まれながら、援軍を求めて奔走し磔となった鳥居強右衛門の逸話で名高い城です。本丸を守る深い空堀と土塁が、籠城戦の緊張を今に伝えます。朝の澄んだ空気の中、じっくり歩きました。
設楽原古戦場(馬防柵と鉄砲隊)
長篠城から少し北、設楽原が長篠の戦いの決戦地。織田・徳川連合軍が築いた馬防柵が復元され、横並びに連なる柵の列は圧巻——ここで武田の騎馬隊が鉄砲の斉射に阻まれたのだと実感できます。土屋昌次ら武田方武将の討死の碑も点在。設楽原歴史資料館では火縄銃をじっくり見学し、当時の戦を予習できました。
野田城跡(信玄狙撃の伝説)
野田城は、武田信玄が最後に攻めた城と伝わります。城方の笛の音に聞き入った信玄が狙撃されたという伝説が残り、「信玄狙撃場所」の案内板も。土塁と堀が残る静かな城跡で、戦国の終わりの気配を感じました。
二川伏見稲荷(豊橋・千本鳥居)
旅の締めくくりは、豊橋市の二川伏見稲荷へ。朱塗りの鳥居がびっしりと連なる千本鳥居の参道は、まるで伏見のよう。斜面を上っていく鳥居のトンネルが美しく、思わず何枚も写真を撮りました。
実際に歩いて分かったこと・ひとことメモ
朝から晩までめいっぱい回って、正直かなり歩きましたが、そのぶん満足感でいっぱいの二日間でした。ポイントを残しておきます。
・移動は車が正解。田原・西尾・岡崎と奥三河の長篠・設楽原・野田城は距離があり、公共交通だと大変。車なら効率よく回れます。
・宿は湯谷温泉のはづ別館がおすすめ。宇連川の渓流沿いで趣・雰囲気ともに素晴らしく、川沿いの温泉ロケーションが最高でした。
・資料館で予習を。設楽原歴史資料館をはじめ、各資料館をじっくり見ると史跡の見え方が変わります。火縄銃の実物も見応えあり。
・設楽原の馬防柵は必見。横並びに連なる柵の列は写真以上の迫力。長篠の戦いの勝敗が決した理由が体感できます。
この旅の道のり
- 1日目田原城車で約1時間
- 西尾城抹茶の里車で約40分
- 岡崎城徳川家康 生誕の城一泊
- 2日目長篠城址車で約10分
- 設楽原古戦場馬防柵と鉄砲隊車で約20分
- 野田城跡信玄狙撃の伝説車で約40分
- 二川伏見稲荷豊橋・千本鳥居
※移動時間は一般的な所要時間の目安です。撮影時刻の記録が残っていないため、時刻は省いています。
文・写真:佐藤秀信(すべて現地で撮影)
この記事で歩いた地域を、都内発の日帰り・1泊で回るコースにまとめています。


































