【実録】新選組のふるさと 日野・調布めぐり ― 近藤勇生家跡から土方歳三の墓・高幡不動、日野宿本陣へ|都内発 車日帰り

これは、実際に歩いた記録です。都内から車で半日、新選組の”ふるさと”をめぐりました。局長・近藤勇が生まれた調布・上石原からはじまり、副長・土方歳三が眠る日野の石田寺、高幡不動の土方像、新選組のふるさと歴史館、そして二人が青春を過ごした日野宿本陣へ。多摩に色濃く残る「誠」の足跡をたどる、新選組ファンにはたまらない日帰りコースです。

目次

この旅のルートと日程

交通:都内発・車/形態:日帰り

近藤勇生家跡・撥雲館(調布) → 石田寺・土方歳三の墓(日野) → 高幡不動尊・土方歳三像 → 新選組のふるさと歴史館 → 日野宿本陣

近藤勇生家跡・撥雲館(調布市上石原)

まずは新選組局長・近藤勇の原点、調布・上石原へ。天保5年(1834)にこの地の農家・宮川家に生まれた近藤は、天然理心流に入門して剣の腕を磨き、やがて江戸・試衛館の四代目を継ぎました。生家は今は残りませんが、生家跡の碑と産湯に使ったと伝わる井戸、そして近藤を祀る近藤神社が静かに佇みます。隣接する「撥雲館」は、近藤の縁者・近藤勇五郎が開いた天然理心流の道場で、剣の里の空気を今に伝えています。

石田寺(せきでんじ)― 土方歳三の墓(日野市石田)

調布から多摩川を渡り、日野へ。土方歳三の生地・石田にある石田寺には、副長・土方歳三の墓があります。天保6年(1835)生まれの土方は「鬼の副長」として新選組の規律を支え、鳥羽伏見から会津、そして箱館へと転戦。明治2年(1869)、箱館・五稜郭の戦いのさなかに35歳で戦死しました。遺骸は現地に埋葬されたため、この墓は故郷で彼を偲ぶ場。土方家の墓所に、今も花が絶えません。

高幡不動尊 金剛寺 ― 土方歳三像

土方家の菩提寺でもある高幡不動尊へ。参道には、りりしい土方歳三の銅像が立ち、境内には近藤・土方両雄を顕彰する「殉節両雄之碑」もあります。関東三大不動のひとつに数えられる古刹に、新選組の記憶が静かに重なります。

高幡不動尊にそびえる土方歳三像
高幡不動尊にそびえる土方歳三像

日野市立 新選組のふるさと歴史館

続いて、新選組の資料を集めた歴史館へ。訪れた時はちょうど特別展「甲陽鎮撫 ― 新選組と街道の村々」を開催中でした。館内は撮影可で、あの有名な土方歳三の肖像写真(洋装で椅子に座る、凛とした一枚)もじっくり鑑賞できます。多摩の地に新選組がどう根ざしていたか、その背景がよく分かる展示でした。

日野宿本陣

締めくくりは日野宿本陣。都内で唯一現存する本陣建築で、名主・佐藤彦五郎の屋敷でした。佐藤は土方歳三の義兄にあたり、この屋敷内には天然理心流の道場が置かれ、近藤勇・土方歳三・沖田総司らが出入りして腕を磨いたと伝わります。まさに新選組の”はじまりの場所”。隣には日野宿脇本陣跡の史跡もあり、宿場町・日野の歴史とともに味わえます。

実際に歩いて感じたこと

局長・近藤勇の生地(調布)から、副長・土方歳三ゆかりの地(日野)へ。二人の原点を半日でたどれる、濃密な新選組めぐりでした。ポイントを残しておきます。

・車が便利。調布・上石原と日野は多摩川を挟んで点在しており、車だと半日で効率よく回れます。
・歴史館は撮影可がうれしい。土方の肖像写真をはじめ展示をじっくり見られ、予習にも最適。まず歴史館で全体像をつかむのもおすすめです。
・日野宿本陣は”新選組の原点”。近藤・土方・沖田が出入りした道場があった場所に立つと、彼らの青春に思いを馳せられます。
・「誠」の幟があちこちに。日野は今も新選組を大切にする町で、めぐるほどにファン心をくすぐられます。

この旅の道のり

  1. 近藤勇生家跡・撥雲館調布市上石原車で約10分
  2. 石田寺(せきでんじ)土方歳三の墓(日野市石田)車で約5分
  3. 高幡不動尊 金剛寺土方歳三像車で約10分
  4. 日野市立 新選組のふるさと歴史館徒歩すぐ
  5. 日野宿本陣

※移動時間は一般的な所要時間の目安です。撮影時刻の記録が残っていないため、時刻は省いています。

文・写真:佐藤秀信(すべて現地で撮影)

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