【現地レポート】佐和山城跡(彦根市)|石田三成の城跡へ片道40分の山道、龍潭寺前の無料駐車場から本丸までの登り方

佐和山城跡の山頂から見た彦根の町と琵琶湖

滋賀県彦根市の佐和山城跡(さわやまじょうあと)は、関ヶ原の戦いで西軍を率いた石田三成の居城があった山です。「三成に過ぎたるもの二つあり、島の左近と佐和山の城」とうたわれた城ですが、関ヶ原のあと井伊家が彦根城を築くときに取り壊され、石垣の石も建物も運び出されました。いま山の上に残っているのは、曲輪の平らな地形と、石柱と説明板だけです。

それでも、わたしはこの山に登ってよかったと思っています。この記事は、彦根城のついでに佐和山へ登ってみようか、と考えている方のための現地ガイドです。麓から本丸跡まで片道およそ40分の山道で、妻は車で待っていました。そのことも含めて、現地のようすをそのまま書きます。

佐和山城本丸跡から見下ろした彦根の市街と琵琶湖
本丸跡からの眺め。眼下が彦根の町、その先に琵琶湖
目次

佐和山城跡の基本情報

訪れた日 2025年の冬のはじめ(紅葉が残っていたころ)
所在地 滋賀県彦根市古沢町・佐和山町(佐和山の山頂一帯、標高約233m)
残っているもの 本丸・西の丸などの曲輪の跡、土塁のあと、「佐和山城趾」の石柱、説明板。天守や石垣はほとんど残っていない
見学 無料。山道を歩いて登る(登山道はハイキングコースとして整備されている)
登り口 麓の龍潭寺(りょうたんじ)の前。「佐和山城跡」の大きな看板が目印
車 龍潭寺の前に無料の駐車場がある。彦根城から車で数分
所要時間 麓の看板には「本丸まで五十分」。わたしは片道約40分、本丸で一息ついて、往復で1時間ほど
トイレ 麓にしかない。登る前に済ませておく
服装 運動靴は必須。冬のはじめでも汗だくになった。着替えかタオルがあると助かる

行く前に知っておきたいこと

「散策」ではなく、完全な山道

いちばん伝えたいのは、佐和山は「城跡の公園を歩く」感覚では登れない、ということです。登り始めてすぐに分かりましたが、これは完全な山道です。落ち葉の下に木の根と石が隠れていて、足元を選びながら登ることになります。

わたしが登ったのは冬のはじめ、空気の冷たい日でした。それでも十分もしないうちに汗が噴き出し、上着を脱ぎ、また少し登っては立ち止まって息を整える。その繰り返しでした。山頂に着いたときには汗びっしょりです。

佐和山城跡の案内看板
登り口の看板。ここから山へ入る

「熊注意」の看板があった

登る途中に「熊注意」の看板がありました。わたしは熊には出会いませんでしたが、ひとりで山に入るときは鈴などを持っていくと安心です。登山記録を見ると、このあたりは猿の群れに出会ったという人も少なくないようです。食べ物を手に持って歩かない、目を合わせない、を心がけてください。

同行者が山に登らないなら、車で待つ時間を考えておく

妻は登り口の看板を見て「待ってる」と言い、車に残りました。わたしが戻るまで、1時間は待たせたと思います。わが家の旅で、妻をいちばん長く待たせた城がここです。お連れの方が登らない場合は、龍潭寺の拝観や、彦根城下で待ち合わせるなど、待ち時間の過ごし方を先に決めておくとよいと思います。

登り口から本丸跡まで

龍潭寺の前から山へ

龍潭寺の前で登り口を探していると、地元の方が「城へは、その奥の道から登っていくのですよ」と、ていねいに道を教えてくれました。その方はお参りをして、そのまま帰っていかれました。初めてだと登り口が少し分かりにくいので、迷ったら龍潭寺の奥へ進んでください。

登り口は、井伊家ゆかりの寺・龍潭寺の前です。境内の脇を抜け、墓地のあいだを通って山道に入ります。道標が要所に立っているので、迷う心配はほとんどありません。道標の先からは、本当にただの山道になります。

東山ハイキングコースの道標
道標。ここから先は完全に山道になる

すれ違う人が、みんな挨拶をしてくれる

この山には、思いがけない気持ちよさがありました。すれ違うのです。何人も。同じように汗をかいて、同じように息を切らして、城跡を目当てに登ってくる人たちと。そして、すれ違うたびに必ず、どちらからともなく挨拶が出ます。「こんにちは」「あと少しですよ」「けっこうきついですね」。

なぜ山だと、みなさんそうなるのでしょう。天守も石垣も残っていない山に、わざわざ汗をかいて登ってくる。同じ物好き同士だという了解が、挨拶に込められている気がしました。

西の丸跡 ― 地面に残る瓦のかけら

本丸の手前に、西の丸(塩櫓)の跡があります。ここの説明板には、この曲輪にはいまもたくさんの瓦片が散らばっている、と書かれていました。壊された城の瓦が、四百年たったいまも地面に落ちている、ということです。北面と西面には土塁がめぐり、水の手に向かって竪土塁が築かれていた、とも書かれています。

説明板の最後には「佐和山城跡は民有地です」とありました。市内に国宝の天守を持つ城があり、車で数分の隣の山は私有地のまま草に埋もれている。勝った城と負けた城のその後が、この一行に表れていると感じました。

本丸跡 ― 何もない山頂と、眼下の彦根

本丸跡には「佐和山城趾」の石柱が立っています。山頂には、ほかに特に何もありません。それでも、汗びっしょりで着いたときは感無量でした。

佐和山城趾の石柱
本丸跡の「佐和山城趾」の石柱

眺めは絶景です。琵琶湖が光り、彦根の市街が一望できます。眼下に見えているのは、この山の城を壊して建てられた彦根城の町です。そして、この山から同じように下を眺めていた人たちがいます。浅井方として信長の大軍を前にこの城を守った磯野員昌、そのあと城主になった丹羽長秀、そして石田三成。ああ、ここで磯野員昌も丹羽長秀も眼下を眺めていたんだな、と思いながら、しばらく景色を見ていました。

山頂の碑には「彦根八景 武士(もののふ)の夢 佐和山」と刻まれています。建物ひとつ残っていない山が、市の景勝のひとつに選ばれ、「夢」と名づけられている。長いあいだ敗者として語られてきた三成の城跡にふさわしい名前だと思いました。

彦根八景 武士の夢 佐和山の碑と琵琶湖の眺め
「彦根八景 武士(もののふ)の夢 佐和山」の碑

雰囲気

城跡というより、地元の人も歩くハイキングの山です。登山道は整備されていますが、山頂まで売店や自販機はありません。建物を見たい方には物足りないはずですが、「何もない山頂から、壊した側の城下を見下ろす」という体験は、登った者にしか味わえません。わたしにとっては、この旅でいちばん胸に来た場所でした。

下りてきたときには汗びっしょりで、次の目的地へ向かう途中、妻がコンビニでTシャツを買ってくれました。夏に登る方は、着替えを一枚車に積んでおくことをおすすめします。

よくある質問

Q.佐和山城跡には何が残っていますか?
A.曲輪の平らな地形や土塁のあと、石柱、説明板です。天守や石垣はほとんど残っていません。城の石や建物は、彦根城を築くときに運ばれたと伝わります。

Q.登るのにどのくらいかかりますか?
A.麓の看板には本丸まで五十分とありました。わたしは片道約40分、往復で1時間ほどでした。完全な山道なので、運動靴で登ってください。

Q.駐車場とトイレはありますか?
A.登り口の龍潭寺の前に無料の駐車場があります。トイレは麓にしかないので、登る前に済ませておいてください。

Q.子どもや年配の方でも登れますか?
A.道は整備されていて迷うことはありませんが、木の根や石の多い上り坂が続きます。休みながらなら登れますが、足に不安がある方は無理をしないでください。わが家では妻は登らず、車で待っていました。

Q.熊や猿は出ますか?
A.登る途中に「熊注意」の看板がありました。わたしは出会っていませんが、猿の群れに出会ったという登山者の記録もあります。鈴を持つ、食べ物を手に持たない、などの用心をしてください。

Q.彦根城とあわせて回れますか?
A.回れます。彦根城から車で数分なので、彦根城を見たあとに登るのがおすすめです。わたしも午前に彦根城、昼食のあとに佐和山、という順で回りました。

あわせて回るなら

佐和山は彦根城のすぐ北東にあります。彦根城で「勝った側の城」を見てから、佐和山で「消された城」に登ると、関ヶ原のあとに何が起きたのかが体で分かります。

彦根城 佐和山城の石も使って築かれた国宝の城。車で数分。彦根城の観覧料・駐車場
長浜城歴史博物館 秀吉が初めて持った城。車で約20分。長浜城の入館料・駐車場
小谷城跡 浅井三代の山城。佐和山を守った磯野員昌の主家。小谷城跡の駐車場・資料館
安土城跡 信長の城。車で約40分。安土城跡の入山料・駐車場

※登山道や駐車場のようすは、わたしが歩いたときのものです。登山道は天候や整備の状況で通れなくなることがあります。お出かけ前に彦根市・彦根観光協会の案内で確かめてください。佐和山城跡は民有地です。マナーを守って見学してください。

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