清洲城の入場料は大人400円、小・中学生200円で、駐車場は無料です。織田信長が桶狭間の戦いに出陣した城で、清須会議の舞台にもなりました。今の天守は平成元年(1989)に建てられたもので、名古屋駅から電車で10分ほどの近さです。

1. 基本情報(2026年9月時点)
| 入場料 | 大人400円/小・中学生200円(30名以上の団体は300円・150円)。障がい者手帳などの提示で無料 |
|---|---|
| 開館時間 | 9:00〜16:30 |
| 休館日 | 月曜(祝日・休日の場合は翌平日)、12月29日〜31日 |
| 所要時間 | 天守と周辺で1時間ほど。清洲古城跡公園まで歩くと1時間30分 |
| 駐車場 | 無料駐車場あり |
| 最寄り | 名鉄「新清洲駅」またはJR「清洲駅」から徒歩約15分 |
2. 料金について
天守の入場料は大人400円、小・中学生200円です。天守の中は時代ごとの展示になっていて、清洲の町の始まりから信長の時代、清洲越しまでを順にたどれます。最上階からは、名古屋のビル群と濃尾平野が見渡せます。
3. 駐車場と行き方
車なら、城の前に無料の駐車場があります。名古屋市内から車で20〜30分ほどで、名古屋城と同じ日に回りやすい距離です。
電車なら、名鉄名古屋本線の新清洲駅か、JR東海道本線の清洲駅から歩いて15分ほど。名古屋駅からは電車で10分前後です。
4. 回り方と所要時間
天守の前の朱塗りの大手橋を渡ると、五条川の向こうに天守が見えます。天守を見たら、川をはさんだ向かい側の清洲古城跡公園へ。本来の清洲城の本丸はこちら側にあり、信長の像と清洲城跡の碑が立っています。
清洲城は慶長15年(1610)からの「清洲越し」で、町ごと名古屋へ移されました。清洲城を見てから名古屋城へ向かうと、城下町がどう引っ越したのかがよくわかります。
5. 清洲城の見どころ
天守の展示と最上階
天守の中では、信長の時代の清洲、清須会議、そして清洲から名古屋へ町ごと引っ越した「清洲越し」までを、時代順に紹介しています。信長が桶狭間の戦いの前に舞ったと伝わる「敦盛」にちなむ展示もあります。
五条川の対岸の「清洲古城跡公園」
今の天守は、平成元年(1989)に旧清洲町が建てた模擬天守で、本当の清洲城の本丸は五条川の対岸にあったとされます。対岸の清洲古城跡公園には、信長の像や「清洲城跡」の碑が立っています。赤い大手橋を渡って両岸を歩くと、城の本当の場所がよくわかります。
発掘された石垣
天守のそばには、発掘調査で見つかった清洲城の石垣が移築されています。
6. 清洲城の歩んだ道
清洲城は、室町時代に尾張守護の斯波氏の拠点として築かれ、のちに守護代の織田氏の城になりました。弘治元年(1555)に信長が入り、永禄3年(1560)の桶狭間の戦いにはここから出陣しています。天正10年(1582)、本能寺の変のあとの清須会議の舞台もこの城でした。家康の四男・松平忠吉らが城主をつとめましたが、慶長15年(1610)からの清洲越しで町ごと名古屋へ移り、城は廃されました。
7. よくある質問
天守は信長の時代のもの?
いいえ。当時の天守の姿はよくわかっておらず、今の天守は平成元年に町の記念として建てられた模擬天守です。本来の本丸は五条川の対岸(清洲古城跡公園のあたり)にありました。
清須会議はここで開かれた?
天正10年(1582)、本能寺の変のあとに織田家の跡継ぎを話し合った清須会議は、この清洲城で開かれました。
名古屋城と一日で回れる?
回れます。午前に清洲城、午後に名古屋城という順番がおすすめです。
8. 清洲城を回るモデルコース
- 名古屋城と清洲越しの歴史旅モデルコース:清洲城から名古屋城へ、町の引っ越しをたどる
- 信長の後継争いの歴史旅モデルコース:清洲城・岐阜城・長浜城
- 秀吉・秀長兄弟の故郷と三英傑の城の歴史旅モデルコース
▶ 名古屋城の料金・駐車場は名古屋城の入場料・開園時間・駐車場にまとめています。
このコースを実際に組むなら PR
宿と車は、土日と連休の1か月前には埋まります。行く日が決まったら、先に押さえてください。
愛知の宿を探す
車を借りる
豊橋駅・名古屋駅で借りると、そのまま行程に入れます。
※ 当サイトはアフィリエイトプログラムに参加しています。料金・空室状況は各予約サイトでご確認ください。
※この欄のリンクはアフィリエイト広告(PR)です。
・清洲城(清須市ホームページ)
・清洲城(清須市観光協会)
